ナイフの上を歩くように

 13日。2年前,全てが終わった日だ。 たとえ単なる抜け殻であってもその姿をとどめている事で,かろうじてEという人物の確かな名残りだった身体も遺骨の形に変わり果てた日。  義弟に遺骨を託した夕方,私たち家族はあの町の妹の「最期の場」まで,再度車を走らせた。  この最期の地に何か意味が込められているのかもしれないと思った為にその2日前の11日には地元の図書館に出向き,郷土資料関係を手当たり…

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過去になんかならない

 朝から大雪警報が出ている。 今しがた,玄関周辺の雪かきを申し訳程度に終えてきた。  考えてみれば2年前,厳寒期の冬道を長距離往復したあの時は,天候の荒れに泣かされる事だけは無いまま終わった。 行きも帰りも,さほど降雪には神経を遣わなかった気がする。 それとも,茫然自失の数日間だったせいでそんな些細なことなど記憶していないだけだろうか。  息子一人を家に残して夫の運転であの町に向かい荒涼その…

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妹と同じ名前が・・・

 2年前の,この1月9日の夜から世の中の色合いが,私にとっては全く別ものに変わった。  妹が見つけられたという朝の7時頃という時間帯はこの季節,まるで黄昏時のように薄暗い。 見つけてくれた方は,現実の光景とは思えなかったことだろう。  今年に入ってまもなく,随分久しぶりに妹が夢に現れた。 水色系統のワンピースのような立ち姿で,笑っていた。 言葉は何も交わせなかった。  偶然というの…

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三回忌

  泣いていた。 まだ10代半ばの甥には,当然ながら心の整理などまだ程遠いことなのだ。  読経の最中,昨年の一周忌の際には私も,まだ生々しい感情に耐えられず泣いた。 我ながら,大人でいるとは苛酷なことだなと実感する。 既に耐性が出来かけているのだろう。三回忌の今日,泣くことはなかった。  甥っ子に謝ることが今日の「課題」の一つだった。 昨年の春先と秋に,妹の部屋から様々なものを持…

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「悩める」という贅沢

 明日,帰省していた息子は帰ってしまう。    義姉から「電話で話した母親の様子が少し妙で,気にかかる」という連絡を受けて少し慌て気味に予定外の実家訪問をした夫からは,帰宅後にも特に急を要する話を聞かされることは無かった。  ああ,そうなんだなあ・・・と,最近しみじみと実感する。 ごく「一般的な場合」ならば,そろそろ今頃が,やっと親の体調に気がかりが生じる時期なのだ。  生前,妹が印象的…

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罰から解放される日は

 「あの時,どうしてそんな判断をしたんだろう?」と我ながら訝しく思える行為をした経験が,誰でも幾つかは有るのでは。  あの2015年の12月にも,その一つが有った。 年末年始の休日を決める際,1月第2週にも通常より多く休日を入れたので仕事は9日の土曜から水曜の13日まで,5連休の設定になっていた。  例年ならば,成人の日の翌日,12日の火曜から仕事でも仕方ないところ。 この「普通なら…

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あの最期のあり方は

 ミュシャの「四つの時の流れ」のジグソーパズルを,妹と共に作ったことがある。 と言っても,同じものを二つ買って各自の家で取り組んだので,共同での作業だった訳ではない。  ミュシャ独特の絵柄に強く惹かれている私には極上の時間だったのだが,出来上がった後に聞いた妹の感想は「もう二度とやりたくないかも」という,惨憺たるものだった。 流麗な線描と華麗な色彩による美しい図柄はともかく,根気のいる作業がど…

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命日が近づいてくる

 今年の仕事始めは,新規顧客との面談だった。  最初は「幸運なスタート!」と単純に嬉しくなったのに先方の抱える事情を考慮に入れると,この先は一筋縄で行かない予感も孕む。 でもまあ,その時はその時だとも思う。 それこそ,死ぬわけじゃなし。  この例え方がシビアに響き過ぎる己の境遇を,皮肉には思う。  「世の中の半分は良い人だけど,残りの半分はくだらない人。 だから全ての人に好かれ…

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未だに闇を知らぬ人

 息子の運転で,新年の挨拶の為に夫の実家を訪問した。  これがもしも3年ほど前だったなら,真冬の凍結路面を若い息子の不慣れな運転に任せること自体にかなりの抵抗感をもったのかもしれない。 この2年の間に神経が相当鍛えられたものだと,つくづく思う。  夫の父も母も,共に相当の年齢なのでかつての生命力あふれる人物像とはかなり異なる相貌を見せ始めている。  でも,現に生きてこの世に存在しているのだ…

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