急転直下の暗転

 一見,人が羨むような境遇の元に生まれたことが
時に想像を絶する苦しみをもたらす原因となる例もあることは,
身近に起きた実際の出来事で分かっている。

 5年前の春に父が
くも膜下出血で,思いもよらぬタイミングであっさり世を去った時,
長患いで苦しんだ母の死とは,また異質な想いに日夜苛まれた。
 病死でさえ,肉親の唐突な死は大きな痛みをもたらす。
 
 ましてやそれが,
「殺された」としたなら?

 高校の頃。
 地元有力者の娘が部活仲間の中にいた。
 その手の事に疎かった私は当初知らなかったのだが,
この地域では為政者も決して無視できない威光を誇る人物の子,という事だった。
 当人も自分のその立ち位置を十分過ぎる程に分かっていて,
いわゆる「恐いもの知らず」の突飛な言動には日々事欠かなかった。
 それでも周囲は「〇〇ちゃんだから,ね」という許容トーンに終始した。
 わざわざ敵に回す必要は無い・・・誰もがそれを理解していたのだろう。

 その後,進路も異なる彼女の噂話を聞く事もなくなって数年後。
 全く思いもよらぬ形で,昔の記憶を掘り起こされた。
 彼女の父親が,殺された。
 暫くの間,新聞紙上に掲載が続いた大きな事件だった。
 実力者たる父親が,その大きな「力」ゆえに深い恨みを買った。
 怨恨を抱く者たちの手にかけられ,命を奪われた。

 彼女の実家である,個人宅としては桁外れに大きな住まいは
当時そのままに有り続けている。
 所用で近くを通る際には,否応なしに思い出す。
 トラウマとなったこの街に彼女が里帰りすることは有るのだろうか。

gahag-0083980376 森.jpg

 突き詰めれば生まれた境遇に泣いた形だったと言える,妹の生涯。
 反して,羨望の的となるような境遇でありながら,
それゆえ他人の恨みを買い,急転直下で精神的暗転を強いられる人生がある。

 こうすれば,必ずこうなるのだ!という「お約束事」など
見出せない事が分かっていながら,だからこそ
最善と思われる道を手探りしてゆくしか術は無いのか。